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< 砕石販売業から転じてリサイクル業へ 〜 社内革命を実現した”ミスター環境” >
株式会社山辰鉱産 初代代表取締役 山下辰己氏
資格取得−山辰鉱産の社員たちは、これに熱心に取り組む。それも当然だ。教材代など、かかる費用はすべて会社が支給。受験会場に行く交通費さえもだ。さらに合格すれば、朝礼時に社長賞の金一封が贈られる。

 山下氏は、にこやかにこう言う。
「そこまでする理由?そりゃ、いつでも社員が転職できるように(笑)。いや、それは冗談だけれど、日ごろから社員には”自分を守れ”と言っている。向上心を持ってもらいたいたいんだ」

昨年、[一級土木施工管理技師」に社内から4人の合格者を出し、計7人が取得している。

 ▲独立前。新潟に旅行した際のスナップ。「ガムシャラに働いていた。そして、いろいろなことを吸収していた時代でもあった。
「どんな”石ころ”だって、磨けば光る−昔の自分もそうだったからね。自分自身、周りの皆さんに育ててもらった。まぁ『放っておくと何をするかわからん』からなんだが(笑)。そういう意味での恩返し。私からみれば、社員を一人前にすることも仕事なんだ。社員が育てば、会社も磨かれる。我が身をきるのが社長の仕事。それに、ずっと”番長”でいたいしな・・・」

土木建設業に参入したのは、わずか10数年前。平成2年のことだ。その後、はや3年で浜松市のAランク入札参加資格を得た。偉業である。

子供のころは手のつけられなかった”悪童”。

そのため、あらゆる高校に入学を断られた。15歳で浜松を出ると、10歳上の長兄が勤める横浜の建材販売の会社に入社。
 やがて17歳。橋幸夫がトラック運転手の役で出演していた映画に感化され大型免許を取得。すぐ上の三男の兄と鮮魚専門の運送業を始めた。いわゆる”トラック野郎”の走りだった。

その後、再び浜松へ戻り、建材会社で営業を担当する。自ら開拓した地元の中部ガス、日本電話施設、中部電力などの本社・支社に、運搬帰りのトラックを横付けして、そのまま打ち合わせをすることもしばしばあった。

「当時の担当者だった人たちが、今は役員や社長になって、現在も自分を助けてくれている。31歳で砕石販売業として独立したときも、そして改良土の開発を行ったときも、自分を信じて協力してくれた人たちだ」
 
環境を意識し始めたのは昭和61年。産業廃棄物の処理場を作ったときだ。

「そのころ、社員にアンケートを取ったんですよ。これからどうするか・・・と。すると『コンクリートやアスファルトのガラをリサイクルしたい』という意見が出たんです」
 振り返ってみれば、今まで行っていた採石は自然破壊。それが「おかしいことだ」と気づいた。常に「前に進むのが信条」という山下氏は、すぐに中間処理施設も作った。
 
 これまで道路などを埋める資材を提供してきた納品先では、どの業者も現場から必ず出る残土やガラの処理に困っていた。残土の処理でお金を貰うのはタブーの時代だ。
 当時、それらを分別して単品で再利用することはあった。しかし分別するには手間がかかる。ならば、分別せずにリサイクルできないものか・・・。

「人が出来ないことをする。それが面白いんです。そして、やると決めたら最後まで命を懸けてやり抜く。そこで初めて、信頼が生まれるんですよ」

 

平成5年、ガス管埋設の際に出る残土の処理に苦労していた中部ガスと共同出資し、株式会社エス・アール・ピーを設立。研究を重ねた結果、残土とガラを分別せずに生産できる各種改良土を開発した。最近では日本 初の再生砂と上層路盤材を開発。昨年11月には浜松市で認可もされた。

 「これで一般的な道路の下なら、全てうちの再生材でまかなえる。もう捨てることもなければ、山を削るなど自然を破壊することもないんです」

まさにゼロ・エミッションを可能にしたというわけだ。環境への配慮は、ほかの分野にも広がっている。汚泥処理のために中性固化装置を開発。また、地元・浜名湖の住民が悪臭や漁業への悪影響に悩んでいた「アオサ」の肥料化にも成功した。平成10年にはISO14001を取得。

やました・たつみ 昭和20年 静岡県生まれ。
昭和53年、31歳で砕石販売業として独立。
昭和61年に産業廃棄物処理場建設をきっかけに、リサイクルの開発に成功
現在、様々なリサイクル製品を研究、開発している。
「今、妻と子供(一女一男)の4人が一緒に働いているのがうれしく、楽しい」

「それも社内改革の一貫ですよ。手順書を見れば、誰でも経営できるようにしたかった。誰が経営してもいいと思っているから。ま、欲しかったベンツのお金がISO取得費に化けたけどね(笑)」

事務所内ではペーパーレス化を進め、社用車両もアイドリングストップを徹底させ使用燃料を減らした。本来の業務だけでなく、社内全体でとことん環境に配慮した体制を作り上げている。山下氏が、社員から”ミスター環境”と呼ばれているゆえんだ。

「社長というのは、社員の声に耳を傾けないといかん。だがこういう時代だからこそ、決断を下すのは社長。社長が一生懸命考え、同時に責任もとらないと。だから、どこか頑固な部分ものこしてある(笑)。そこが難しい。ただこの先、下請けだけでは永遠に続かないでしょう。我々も、これからは発注先への提案や社会貢献ができる経営者でなければいけないと思う。その結果が、地域への恩返しになればいいと思うんだけどな」

その目的を達すべく、ミスター環境は、次へのカードを切り始めている。

(土木・建築業マガジン【ティエラ】に掲載)

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